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Posted by steampump on

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見上げる猫のこと。

Posted by steampump on   2 comments   0 trackback

この世の中で一番高いところにあるのはお星さま。
その次に高いのはお日さま。毎日毎日お月さまと追いかけっこ。
そのまた下に雲があって、そこにはいつも風が吹いている。
そして、そのずうっと下に僕らは暮らしているんだ。
お日さまは毎日顔を出して僕らを照らし、僕らを暖めてくれる。
雲は日陰を作り、雨を降らせてのどをうるおしてくれる。
お星さまは毎晩子守唄を歌い、お月さまは僕らのまぶたに砂を撒いてくれる。
こうして僕らはこの星で生きてきたんだよ。



いつの頃からか、猫が空を見上げている姿が好きになった。
どうしてかは分からない。
でも、手の届かないものに向けられた視線の先が知りたくてしかたがないんだ。

駐車場のシロさんはエアコンの室外機の上。
綺麗な白い毛にスポットライトに様にあたった朝の太陽。
シルクのように光沢のあるひげが陽に透けて見える。
狭くジメジメしたこのビルの隙間から見える四角い空をシロさんは何を思って眺めているのか。


横丁の猫耳くんはビルとビルの隙間、新雪が積もった朝の空を見上げる。
薄暗いビルの隙間から空を見ると冬のグレーの空でもまぶしく見えるのかもしれない。


横丁のおにぎりくんもビルの隙間からみえるグレーの冬空を見上げる。
次から次へ降り注ぐ綿雪、冬をはじめて過ごす彼の目にはどういう風に映っているのかな。


横丁のアニキ。
背中に粉雪をのせて見上げる冬の朝の空。
弟達とは違って、アニキは冬もその後に来る春のことも知っている。
絶え間なく振る雪を頼もしい視線で眺めているようにも見える。


独り暮らし時代のJr.。
冬の手前、水たまりが凍り始めた頃、独り空を見上げる。
最近都会に増えだしたカモメが場違いな大声をあげながら空を滑空していく。
孤独と戦う視線の向こうに何があるのかな。


またたび横丁のままたびくん。
秋の横丁で舞い落ちる枯葉を眺めながら、物思いに耽るような表情。
降り積もった枯葉の上に座るまたたびくんは、彼自身が秋になってしまったような。



冬晴れの朝、青空を眺める姉さん。
放射冷却で冷え切った空気、踏み固められた真っ白な雪に凛と立つ。
雪国で暮らすという逃れられない厳しさが彼女を強くしたんだ。


狭いビルの隙間に打ち捨てられた鉄パイプに乗って遊んでいるおにぎりくん。
ふと空を見上げながら大あくび。


おにぎりくんと姉さん。
見守る姉さんの視線がやわらかく優しい。
厳しい冬を肩寄せ合って生きてきた家族が見上げた空。


空を見上げる彼らを探しているときに気づいて驚いた事がある。
それは街猫は空を見上げている写真はすぐに見つかるのに、港猫が空を見上げている写真は一枚も見つからなかったということ。

それはたぶん港猫は水平線の彼方まで見渡せる世界に住んでいるから。
街猫は四角く切り取られた空が彼らに与えられた唯一の果てしない世界だということ。
彼らはこの空の彼方にいったいどんな永遠を見ているのかな。



僕らの星は時々揺れたり、大きな水が流れてきたりするけど、
それでもお星さまやお日さまやお月さまは光り続けて、
風に雲は流れ続けるんだ。
僕らの上にある空だけは変わらない。
昨日も、今日も、きっと明日も変わらない。

Comment

ワニのゲーナ says... "命の灯火"
おとといの夜遅くのことです。
お風呂から上がって携帯を見ると東京に住む娘から他の娘と私へのグループメールが届いていました。
勤め帰りバイクを飛ばしていると道に異変をみつけ、それが瀕死の三毛猫だった。
獣医さんに連れて行ったが「厳しい状況だ。手術はしてみるが結果は夜中にならないと分からないので、電話で知らせる。」と言われ帰って来た。
祈って!
という内容でした。

どう祈れば良いのだろう。
猫の命を助けてください!かな〜?
もちろん祈った。
猫を想う娘を想ってね。

あの夜、私ら家族の祈りの声は音波になって、電波にもなって空に広がって行ったのよね?
でも、祈りが届いたのか?届かなかったのか?三毛猫が麻酔から覚めることはありませんでした。
お腹には大きくなった胎児がいて、彼らが内蔵を圧迫していたことも助けられなかった要因だったそうです。
次の日、花を持って最後の姿を見に行ったと言っていました。
生きてほしかったと。

私は、ちゃんと祈りは届いたと思います。

あの夜、冷たい道路に転がって三毛ちゃんは孤独に夜空を見上げていたのかも、、
steam_pumpさんのおにぎり君たちのようにまっすぐではなくても霞んで行く目でみていた、その夜空を背景に娘の顔が差し伸べる手を見たんだとしたら良かったな〜

すちぽん三の写真と文を読むといつもおセンチになっちゃうわ^^;



2013.03.29 15:27 | URL | #- [edit]
steampump says... "Re: 命の灯火"
不思議だね。
ちょうど今日「祈る」ってことを考えてました。
なんだろ?シンクロニシティ?単なる偶然?
ゲーナさんとは不思議な縁を感じてます…勝手に(^^)

正確には「祈」と「叶」という文字について考えてました。
古代の人はきっと神の祭壇に斧を奉げ「祈り」、口々に願いを神に伝えれば願いは「叶う」と…そんなことを。

命って偶然の積み重ねだなって思う。

実はね…う~ん…どうしようかな?まぁ、いいや。
ちょいと前に死にかけたんすよ、俺。
薄れ行く意識の中で「あぁ、俺こんな感じで死んじゃうんだ」って、「こんな感じで終わるんなら命ってあっけねぇな~」って。
まぁ、色々あってご覧の通り俺は悪運強く生き延びたんだけど、その時に二つの思いが俺の胸の中に燃えカスみたいに残ってね。

ひとつは「命って軽いなぁ」ってこと。
これはちょっと誤解されそうなんだけど、自分の命の炎なんて死神がふぅっとやればあっという間に消えちゃう程軽いもんなんだなって事。

もうひとつは「優しく生きたいな~」ってこと。
せっかくこの世に生れ落ちた命の炎だからどんな命でも決して消さないように優しく生きたいって。

偶然結ばれた命の欠片ひとつが偶然運良く生き延びて、偶然出会ったりすれ違ったりしてる。
そんな命が俺に何かを叫んでいたなら(たとえ声にならなくてもね)どんなことがあっても手を出そうって。
そんな事を考えながら生きてます。

でね、ゲーナさんの話を読んでね、叶わぬ祈りはあっても届かぬ祈りは無いんだなって思いました。
大昔の人はそのことが分かっていたから、祈り続けられたんだろうなぁって。

この世の中でいろんな不合理なことや、納得のいかないことや、哀しいことや、腹の立つことがあるけど、
たとえ願いが叶わなくても、祈り願い続けていれば、その願いは必ず相手に届くって。
それはたとえ祈り願う相手が神様だろうと、神父だろうと、主治医だろうと、奥さんだろうときっと届くって。

あの日、冷たくて酷く寝心地の悪いストレッチャーの上で俺の手を握ってくれた奥さんのぬくもりを今でも忘れられないよ…そんなこと奥さんには言った事無いけど(^^;
あぁ、こうやって逝くなら悪くないかもって…とは思わなかったけど。

きっと娘さんの差し伸べた天使のように清らかで柔らかい魂を持った手のひらに包まれて逝ったその子の命は、
たとえ短く儚い命だったとしても優しさに抱かれて天に昇ったんだと思う。

とりとめのない話になっちゃったな。
でも悪くないよね?
センチメンタルかぁ…うん、悪くないな。
2013.03.29 20:21 | URL | #- [edit]

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